今の僕にとって「写真とは何か」を考える。

GENIC1月号を読みました。

こういう写真の雑誌を買うのは初めて。
今回はポートレート特集。この間「浅田家!」を観たことで、浅田政志さんのインタビューを観るために買いました。

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いろんな写真家・フォトグラファーさんの写真と言葉が載っているんですが、表現がとても奥深いですね。言ってることが分かることもあるんですが、全く分からないこともあります。

言葉もそうなんですが、写真も分からないんですよね。

僕はあんまり人を撮ったことが無いんですが、どういうコミニュケーションで撮っているのか、どういう流れでこの写真になったのか、打ち合わせしたのか偶然なのか、1枚を狙ったのか何枚も撮ってこれが残ったのか…
読み取りながら見るのが楽しいし、勉強にもなります。

そこで思ったのが、今の僕にとっての写真とはどういうものなのかということです。
インタビュー・対談されている方は、写真でも言葉でも表現をされているんですよね。
僕は今、そんなふうに写真に対して表現を出来るだろうか…
何を考えて、撮っているんだろうか…

時間が経っていけば僕の考え方も変わると思うし、写真の撮り方も変わっていくと思います。後から見たら「そうじゃないよ」と言いたくなることを、今は考えているかもしれません。

いい機会なので、考えてみることにしました。

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自分のためなのかもしれない

僕が普段撮る写真は、ブログの写真、弟のチームの野球、知り合いが集まった時、どこかに行ったときの記録、気楽に撮るスナップという感じです。

基本的には、だいだい自分のために撮っていることが多いみたいです。
ブログの写真も、カフェの写真も、スナップも、自分の記録的な側面が多くて、たまに人に伝えるために撮っているような感じですね。

ただ、人を撮るときはやっぱりちょっと違う気がします。自分のためでも、人に伝えるためでもなくて、残すために撮っているモノのようです。

まず知り合いが集まった時。これはなかなか会えない友達などが集まって撮ることが多いです。
あとから見返した時に、そのときのことを思い出せる。この思い出せるということが結構大事で、写真はその助けになることがあります。
写真が無いと思い出せなくなったり、忘れてしまったりすることも多いですが、写真が残っていると、その撮った瞬間だけではなくて、話したことも思い出せるかもしれません。
そこに行くまでの事や、何を食べたか、歩き方、空の色まで。記憶というのは連鎖的だから。

これは撮った側がそうなる時もあるんですが、多分一番多いのは撮られた側だと思います。
写っている人がその写真を見て、連鎖的に色々なことを思い出せます。

野球の写真に関しても、僕は「出来るだけ残していかないといけないもの」だと思うようになりました。プロに行った選手でも選手生命というのはどうしても限られているし、同じ瞬間・同じプレーというのは2度と戻ってきません。つまり、写真に残せる瞬間というのはどんどん消えていくわけです。

弟の写真を撮り始めたのは、彼が大学生を卒業する頃。それまでの写真はほとんど残っていません。
もっとはやく僕が写真を始めていたら…と最近よく思います。だから、これからは出来るだけ撮らないとと思うんです。
なんで撮るかって、やっぱり撮れなくなるからです。

もしも僕が写真を撮ることによって、そこでプレーしていたことの証になるとしたら、そう思ってもらえるとしたら、それは有り難いことだと思います。

そして弟のチームメンバー(Honda熊本)の写真も撮らせてもらうようになってからも、その考えは強くなりました。
グラウンドに行くと、いろんな選手と話すことも増えたんですが、全くその人のことを知らない時からすると、撮り方が変わってきたように思います。
それが技術的に写真に表れているかはまだ分からないんですが、撮る時・選ぶときの気持ちが違うんですよね。試合中は連写していたりしていても、写真一枚一枚の意味を考えることがとても増えました。
ただカッコいい瞬間とか、そういう写真も好きです。ただ、やっぱり意味を見出せた写真というのは、残さなければと思います。

ここでひとつ思うのは、これは僕目線だということです。
友達の写真家に「木村和敬」という人がいます。彼からの影響も受けているところがあるんですが、写真に見出した意味というのは、どうしても僕目線なんですよね。

その写真を見て何を思うのか、何を思いだすのか。それはやっぱり「写っている人」が決めるものなのかなぁと思っています。だとすると、僕が出来るのはやっぱり撮ることだけ、残すことだけ。
とにかくたくさんの写真を残す。そしてその瞬間を見て、何かが蘇って欲しいと思うから、出来るだけ撮り逃さないように撮っていきたいなと思うようになりました。

撮っている人(僕)と、撮られている人(被写体)。どちらが主役になるのかはその時々で変わると思います。
僕のために撮ったスナップも、もしかしたら人のためになる時があるかもしれない…誰かの何かが蘇るかもしれない。
人のために撮っているようでも、実は自分が満たされたいから撮っているのかもしれない。

写真の役割はひとつではなくて、その時々で意味が変わってくるものなのかなぁとも思います。

なんか言葉にしてまとめるのが本当に難しいんですが、それはまだ僕が真剣じゃないところがあるからなのかもしれません。
この先考え方が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

だけど一つ確実なのは、写真というのは撮らないければいけないし、撮りたいということ。
写真に対して、僕はまだ何も知らないのかもしれません。

写真によって色んな役割があるけれど、最近の僕はとにかく撮りたい。
とにかく撮りたいです。

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